事案概要
平成21年10月 入籍
平成29年12月 離婚
平成31年02月 原告が被告に対し財産分与申立て(本件訴訟提起後、取下げ)
判断枠組み
契約は、当事者の意思の合致によって成立するが、ここにいう意思の合致とは、それが究極的には裁判による強制的実現を可能とする法的義務の発生を基礎付けるものであることからして(ただし、意思表示に当たり、当事者がそのように認識する必要があることを意味するものではない。)、最終的かつ確定的なものであることを要すると解される。
ここにいう最終的かつ確定的なものであるというためには、当該意思表示が最終的かつ確定的なものであることを当事者が認識していることが必要であると解される。
当事者の意思の合致が最終的かつ確定的なものである限り、契約の成立に当たっては契約書その他の書面は不可欠ではないものの、当事者が契約の成立に当たって書面の作成を予定している場合には、当事者は、その書面の作成をもって、当該意思の合致が最終的かつ確定的なものになると認識するのが通常である。
本件へのあてはめ(請求棄却)
合意の成立(積極)
① 平成29年12月7日付、被告は原告宛てのメールで、自宅不動産の住宅ローンを控除した額を「仮に4,000万」円とした上、その半額である2000万円を分割して支払うことなどを提案し、「上記でよければ契約書作って送ります。」と書き送り、これに対し原告は、「扶養的財産分」として400万円の上乗せを要求するなどした。
② これに対し被告は、同日、「下記了解しました。急ぎ契約書つくります。」と返信し、同月22日の原告宛てのメールで、合計2400万円の支払い方法を提案し、原告は同月24日、了解した旨回答した。
③ このような経過に照らせば、原告と被告は、自宅不動産の価値を「仮に」4000万円する前提で、財産分与の金額を2400万円とし、被告が原告に分割して支払うこと等を合意したと認めるのが相当である。
最終的かつ確定的な合意であることの認識(消極)
① 原告と被告は契約書を作成することを予定していたところ、やり取りは専らメールであり、書面等の裏付けを伴うものではなかった。
② 自宅不動産の価値が「仮に」4000万円とされ、確定的なものではないことを踏まえ、売却益が同額を下回った場合の対応についての取決めがされた形跡がない
③ これらに照らすと、原告と被告が、上記合意が最終的かつ確定的なものであると認識していたかは疑わしい。
④ その後原告が作成して被告に送付した離婚協議書案で、専ら被告の負担額を増す方向で改変が加えたことは、原告が上記合意が最終的かつ確定的なものであるとの認識を有していなかったことをうかがわせる。
⑤ 原告が平成31年2月に申し立てた調停において、財産分与申立書には、「話合いを行ったが合意できなかった」の項にチェック印がされ、「当事者間で定めた財産分与の契約を守らない」の項にはチェック印がないなどのほか、調停でも上記合意の存在や内容に固執することなく調停が行われており、これらに照らすと、原告が上記合意が最終的かつ確定的なものであるとの認識を有していなかったことが優に認められる。
⑥ 以上によれば、被告のみならず原告も、上記合意をもって最終的かつ確定的な合意であると認識していたとは認められないから、同合意が最終的かつ確定的な合意であることを前提に、原告と被告との間で同合意を内容とする本件契約が成立したと認めることはできない。