元妻から元夫に対する財産分与調停申立て事件において、元夫名義の金融資産等の調査嘱託への回答を拒否した金融機関について、公法上の義務違反はあるものの、元妻に対する不法行為は成立しないとした事例(那覇地判平31.2.20)

家庭裁判所 その他

事案概要

・平成29年7月 元妻(原告)が調停離婚
・同年8月 元妻が元夫に対する財産分与調停申立て、同時に元夫名義の金融資産の有無及び残高等を調査事項とし、被告を含む金融機関6社(以下「嘱託先6社」)を嘱託先とする調査嘱託を求める
・同年9月 調停裁判所が被告に対する調査嘱託決定(※)
・同年10月5日 被告が回答拒否(以下「本件回答拒否」。他5社は回答)
・同月27日 原告が本件訴訟提起(経済的損害及び慰謝料として合計約4万円等の請求)
・同年12月 被告が回答

※ 調査嘱託署の主な記載内容
(ア) 調査事項(以下「本件調査事項」という。)
a 被告の元夫名義の口座及び元夫名義で保有されている被告取扱いの金融商品(投資信託等)の有無
b 元夫名義の口座ないし保有する金融商品がある本・支店名,口座の種別(又は金融商品の種類),口座番号
c 前記b該当の全ての口座及び金融商品の現在の残高及び平成28年1月1日以降の現在までの履歴
(イ) 嘱託が必要な理由
    本件財産分与事件の手続を進める上で,元夫の財産の状況を明らかにする必要があるため
(ウ) 回答期限 10月23日

判断 本件回答拒否の不法行為該当性

調査嘱託に対する回答拒否の不法行為該当性

ア 本件調査嘱託は,家事法258条1項が準用する同法62条に基づくものであるところ,同条は, 「家庭裁判所は,必要な調査を官庁,公署その他適当と認める者に嘱託し,又は銀行,信託会社,関係人の使用者その他の者に対し関係人の預金,信託財産,収入その他の事項に関して必要な報告を求めることができる。」と規定し,事実の調査の方法としての調査の嘱託及び報告の請求(以下「調査嘱託等」という。)の制度を定める。
  調査嘱託等の制度は,職権による調停資料の簡易迅速な収集という家事調停事件の処理上の要請に基礎を置くものであり,調停を行う裁判所が,当該事件の手続を進める上で必要であると判断した事項に関して,職権で,嘱託先が有する客観的な情報を簡易かつ迅速に収集することを可能とするものである。調査嘱託等に応じなかった場合の制裁を定めた規定はないものの,嘱託先からの回答は,直接に国の司法作用のために供されるものであり,家事法において,旧家事審判規則8条の規律を維持しつつも法律事項として上記規定が定められたことに照らしても,調査嘱託等を受けた嘱託先は,裁判所に対し,これに応じる法的義務を負うと解するのが相当である。

イ もっとも,上記義務は,調査嘱託等についての裁判所の権限に対応した,裁判所に対する公法上の義務であり,嘱託先が,当該調査嘱託等を求めた当事者に対して直接に負担する義務であるとは解されない。したがって,調査嘱託等を受けた嘱託先が正当な理由なく回答を拒否した場合,その義務違反が直ちに当該調査嘱託等を求めた当事者に対する不法行為に該当するということはできない。

ウ しかしながら,家事調停の実務上は一般に,調査嘱託等は当事者からの職権発動を求める申立てを契機として実施されており,調査嘱託等の回答結果に最も利害を有するのは当該調査嘱託等を求めた当事者であって,その当事者に対しては回答義務を負わないとの理由のみで不法行為の成立を一切否定するのは相当ではない。
  本件調査嘱託のような,財産分与調停申立事件における相手方の金融資産の有無及び残高等についてする調査嘱託等についてみると,このような調査嘱託等は,夫婦の一方が任意に金融資産を開示しないなどの事情により,財産分与の対象となる共有財産を把握することができない場合に行われることが想定されるから,金融機関から回答を得られるか否かは,適正な財産分与を受けられるか否かに直結するものと考えられ,調査嘱託等を求めた当事者の回答結果に対する利害は極めて大きいものと考えられる。
  したがって,本件調査嘱託のような財産分与調停申立事件における相手方の金融資産の有無及び残高等について調査嘱託等を受けた金融機関が,これに回答すべき義務があるにもかかわらず(すなわち正当な理由なく),故意又は過失により当該義務に違反して回答をしないため,調査嘱託等を求めた当事者の権利又は利益を違法に侵害して損害を被らせたと評価できる場合には,当該当事者に対する不法行為を構成する場合もあると解するのが相当である。

本件回答拒否による不法行為の成否

本件回答拒否が回答義務違反に該当するか(正当な理由の有無)

ア まず,本件回答拒否が回答義務違反に該当するか否か(正当な理由の有無)を検討する。
(ア) 前記アのとおり,被告は,本件調査嘱託に対して回答すべき公法上の義務を負っていたものであるから,回答を拒絶できる正当な理由がある場合を除き,本件回答拒否は,同義務に違反するものである。

(イ) この点につき,被告は,本件回答拒否は,預金者である元夫に対する秘密保持義務(守秘義務)を理由とするもので,同義務は調査嘱託に対する回答義務にも劣らない義務であるから,本件回答拒否には正当な理由があると主張するものと解される。
  確かに,金融機関は,顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報等の顧客情報につき,商慣習上又は契約上,当該顧客との関係において守秘義務を負い,その顧客情報をみだりに外部に漏らすことは許されない(最高裁平成19年(許)第23号同年12月11日第三小法廷決定・民集61巻9号3364頁参照)。本件調査事項は,顧客である元夫との取引内容に関する情報であるから,被告はこれをみだりに外部に漏らしてはならない義務を負っていたといえる。
  しかしながら,金融機関が有する上記守秘義務は,上記の根拠に基づき個々の顧客との関係において認められるにすぎないものであり,金融機関が家事調停事件において手続外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該事件の当事者として開示を受忍すべき場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,当該事件における調査嘱託に対して上記顧客情報を開示して回答をしても,上記守秘義務には違反しないというべきである。

(ウ) 本件調査嘱託は,本件財産分与事件における相手方である元夫名義の口座及び金融商品の有無,残高及び履歴等を調査事項とするところ,離婚に伴う財産分与の制度は,夫婦が婚姻中に形成した実質的な共有財産を清算分配し,かつ,離婚後における一方の当事者の生計の維持をはかること等を目的とするものであり,財産分与の額及び方法を定めるに当たっては,「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情」を考慮すべきものである(民法768条3項)。被告における元夫名義の預金その他の金融資産は,夫婦共有財産である可能性が高いものであるから,口座名義人である元夫は,本件財産分与事件において同人名義の口座及び金融商品の有無,残高及び履歴等を開示することを受忍すべき立場にあったといえる。したがって,元夫は,被告の有する上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有しないから,被告は,本件調査嘱託に対し元夫の顧客情報を開示して回答をしても,上記守秘義務に違反することはないことになる。
  個人に関する情報のうち,特にプライバシーとしての保護の必要性が高い個人識別情報であっても,調査嘱託に応じて当該情報を裁判所へ回答することは,「法令に基づく場合」(個人情報保護法23条1項1号)に該当するものとして制限されないと解されることと比較しても,本件のような顧客との取引内容に関する情報につき,調査嘱託に応じて回答することが金融機関の秘密保持義務により禁止されると解することはできない。

(エ) 以上のとおり,被告の元妻に対する秘密保持義務は,回答を拒絶できる正当な理由には該当せず,被告は本件調査嘱託に対し回答すべき(公法上の)義務があったものであって,本件回答拒否は,同義務の違反に該当する。

上記義務違反が被告の故意過失により行われたか

イ そこで,被告の上記義務違反が,被告の故意過失により行われ,本件調査嘱託を求めた原告の権利利益を違法に侵害したといえるかを検討する。
(ア) まず,本件調査嘱託書(甲1)においては,元夫が本件財産分与事件の当事者であることは明記されておらず,口座名義人である元夫が本件調査事項の開示を受忍すべき立場にあるか否かは,本件調査嘱託書のみによっては,被告にとって必ずしも明らかであったとはいえない。また,本件調査嘱託書のみによっては,本件調査嘱託が,原告の職権発動を求める申立てに基づいてされたものであるか否かも明らかではなく,被告において,本件回答拒否の時点で,本件回答拒否により,本件調査嘱託を求めた原告において元夫の財産状況を把握できないために適正な財産分与を受けられなくなる可能性があることを認識し得たとは言い難い。
  
  次に,原告の権利又は利益の性質についてみると,前記(1)のとおり,財産分与調停申立事件において相手方の金融資産の有無及び残高等につき金融機関から回答を得られるか否かは,適正な財産分与を受けられるか否かに直結するものと考えられ,本件調査嘱託の回答を得られるかどうかについての原告の利害は極めて大きいということはできるものの,そもそも調査嘱託等の制度は,職権による調停資料の簡易迅速な収集という家事調停事件の処理上の要請に基礎を置くものである上,嘱託先が調査嘱託等に応じなかった場合の制裁を定めた規定もないから,本件調査嘱託に対する回答を得るという原告の利益は,法律上明文の根拠を有するものとはいえない。
  加えて,原告は,被告から本件調査嘱託に対する回答を得るという方法以外にも,例えば,本件財産分与事件において,調停委員会を通じるなどして改めて元夫に対して本件調査事項に係る財産の開示を求め,あるいは,証拠調べとしての文書提出命令の申立て(家事法258条1項,64条,民事訴訟法221条)をするなどして(なお,証人Bによれば,被告の担当者は,10月25日の調停裁判所裁判所書記官との電話のやりとりにおいて,調査嘱託ではなく,文書提出命令等の他の手段を検討されたい旨を述べていることが認められる。),本件調査事項に係る情報を得ることが考えられないではなかった。

(イ) 他方で,嘱託先6社のうち被告を除く金融機関は,いずれも調査嘱託に対して回答をしており(被告担当者は,10月25日に調停裁判所裁判所書記官から電話でその旨(なお,その時点で回答があったのは4社であると考えられる。)を伝えられるなどしたにもかかわらず,本件調査嘱託に応じることを改めて検討しようともせず,原告が訴訟をするならすればよいなどと述べていたこと(証人B),それにもかかわらず,本件訴訟が提起された後は,被告において自ら直ちに元夫及びその代理人に確認をとり,速やかに本件事後回答をしていることなどからすれば,被告において,本件調査嘱託に対して真摯に対応していなかったことが疑われるところであって,本件回答拒否という利益侵害の態様は悪質であるとも言い得る。

(ウ) しかしながら,上記(イ)を踏まえても,上記(ア)の各点を考慮すると,被告の本件回答拒否という回答義務違反が,被告の故意又は過失により行われ,その結果本件調査嘱託を求めた原告の権利利益を違法に侵害したとまで評価することは困難である。このことは,被告が那覇市に本店を有する沖縄県内の大手金融機関であり,高い公共性と高度のコンプライアンス保持を伴った業務運営が求められている銀行であることや,全銀協からも本件調査嘱託に対する適切な対応を促す連絡を受けたものとうかがわれることなどの原告の主張する諸事情を最大限考慮しても異なるものではない。

結論

原告の請求は理由がない

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